お知らせ:2008/9/18 人材マッチングシステムのパッケージ販売やASP販売など始めました。
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- 藤本真佐 社長
記念すべき第一回は、私の「母校」デジタルハリウッド(通称デジハリ)の藤本社長。
最初にWEBを学ぼうと思った時に、友人から「設備も最新だし、先進的な事例を授業に生かしている」という評判を聞いて、デジハリに通ったのは10年前。実際に、学校がプライドを持ってスペシャリストに育ててくれ、その結果、起業にも結びつきました。
皆さんを代表して藤本社長に、仕事上の転機・「はたらくこと」についての思い・後進に期待すること・・・などをうかがって参りました。
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藤本 真佐(ふじもと しんすけ) |
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| デジタルハリウッド株式会社,デジタルハリウッド大学,デジタルハリウッド大学大学院 代表取締役社長 | |
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YEO(青年起業家機構、現EOジャパン)日本支部 第9期 会長 社団法人日本経済団体連合会(経団連)エンターテイメント・コンテンツ産業部会委員 1994年創業者の一人としてデジハリ設立に参画後、産学協同によるコンテンツ製作部門を分社化し、株式会社アイ・エム・ジェイを創業(ナスダックジャパン[現・ヘラクレス]上場)。1999年、兼任で株式会社ツタヤオンラインを創業。2000年度「日経インターネットアワード2000」日本経済新聞社賞をはじめ、数々の賞を受賞。 2002年7月デジタルハリウッド株式会社の代表取締役兼CEOに就任。2004年4月、構造改革特区制度を活用し、日本初の株式会社によるIT・コンテンツ分野高度教育機関「デジタルハリウッド大学院(専門職)」を開学。2005年4月には、3年次に海外留学を組み込んだ4年制大学「デジタルハリウッド大学」を秋葉原に開学。 。 |
「情けは人のためならず」。1つ1つの縁を大事に、柔軟に積み重ねた結果が「今」。
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藤本さんは、デジタルハリウッド創設メンバーでもあり、その後もアイ・エム・ジェイ、ツタヤオンラインの立ち上げなど多彩な経歴をお持ちですが、仕事上での転機はどんな時に来るのでしょうか? |
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僕の仕事上の主義は「来るものは拒まず、去るものは追わず」なんです。仕事のスタイルとしては2つのパターンがあると思います。1つは自分のスタイルを決め込む方向、もう1つは「求められることは何でもしますよ」という方向です。僕は、お客様志向というか、後者のスタンスなんですね。「情けは人のためならず」という言葉もありますが、人のお手伝いをすると、いつかめぐり巡って自分に返ってくるものなんですよ。 デジタルハリウッド創設の時も、きっかけは全くの偶然です。もともと僕の「3大嫌いなもの」のうち、1つがパソコンで、もう1つが学校(笑)。パソコンなんて、一生触らないと宣言していたくらいでした。ただ、僕がたまたまデジタルハリウッド創設メンバーの中心人物2人を引き合わせたという経緯があって、ふと気づいたら大嫌いだったはずのパソコンと学校のビジネスに巻き込まれていました(笑)。アイ・エム・ジェイの時もツタヤの時もそうですね。小さなご縁を1つずつ積み重ねて、その結果が今につながっています。 |
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「巻き込まれていく」となると、仕事でモチベーションを維持するのは大変なのではないですか? |
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「何でも試してみる」ということは、すごく重要だと思っているんです。最初から「こうじゃなきゃだめ」という固定概念に縛られてしまうのは、もったいないと思いませんか?だから可能性があるなら、とにかく試します。特にまだ進む方向が決まっていない若いうちは、全く未知の環境でも、とにかくチャレンジしてみることは大事だと思いますよ。
もちろん自分の道が既に決まっている人は別です。そういう人は迷わず1つの道を追求する方が成功の確率は高いですから。でも、まだ迷っている人が、今までの自分の枠の中に閉じこもっていては脱皮できないんですよね。僕もずっとデジハリにいたら、キャリアも人脈も今ほどの広がりはなかったでしょう。 ネット事業、製作会社などの経験があったからこそ、大学院を作るためのスキルや人脈が作れたと思います。 |





