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あこがれの社長インタビュー  自ら変化をつくりだせ! 貧欲に学んで やる気を伸ばす人を応援!

自分の「得意」を生かしつつ、協力し合えるのが幸せな働き方ではないかと思う。

Q 「何でも手を上げる」積極性は、やはり重要ですか?
A 日本では、積極的に発言すると責任を追及されるからか、あまり「出る杭」にならない風潮がありますが、きちんと発言することで実現できる可能性も高まると思いますよ。
自分の若い頃の例ですが、米国から帰ってきた時、社内で「アメリカにいたと言っても、日本の会社だしそんなに英語が出来るようになるわけない」というような陰口を言われたことがあったんですよ。そこで一念発起して「英検をとる」と宣言しました。当時の赤井電機は英語を頻繁に使う会社ではありましたが、資格をとるという風潮はなかったんです。英検をとっても評価に影響するわけでもなかったし、仕事も忙しくて大変でしたが言った以上はやらないわけにはいかない。自分にプレッシャーをかけることになって、多少時間はかかりましたが結果を出すことができました。自分がきっかけになって、その後英検や他の資格をとった人も増えましたね。
Q 「はたらくNavi」でも得意なことをアピールするようにしているのですが、最初はなかなか難しいようです。
A 宣言することは大事だと思いますよ。
まずは、知ってもらわないと、何もスタートしませんから。
Q 上野さんから見て、一緒に働きたいと思うのはどんな人でしょうか?
A お互いにリスペクトしつつ、自由に言い合いが出来る人がいいですね。一生懸命意見を言っても反応がない人だと困ってしまう。同じ目的を持って、もっと良くしていこう・結果を出そうと前向きな議論が出来る人がいいと思います。
同じ会社で働いていなくても、精神面でサポートしてくれる先達や、自分の知らない技術を教えてくれる友人の存在は重要だと思います。人間はスーパーマンではないので、得意なことばかりではないですよね。むしろ何でも知っているというより、人間的に魅力があって、お互いにサポートできる関係の方がいいと思います。
Q 最後に、「はたらくNavi」を見ている人にメッセージをお願いします。
A やろうと思えば何でも出来ると思います。最初から諦めないで何らかの形でトライすることが大事だと思います。少子高齢化に向かうので、仕事は増えるはずなんです。
自分もそろそろ60歳になりますが生涯現役でいたいと思っています。気分的には30代前半くらいの気持ちでいます。そして今後は起業やマネジメントの経験を生かして自分の後に続く人達のサポートをしていきたい。後進の指南役として求められる人材になっていきたいと思っています。

【 お会いしての感想 】

海外での仕事もパソコンも、今ほど当たり前でなかった時代から体験していらっしゃる上野さんは、まさにパイオニア。今後も、今のポジションに安住するのではなく「後進の指南役」という違ったステージを見ていらっしゃり、その積極性とポジティブさに感銘を受けました。スキルのある先輩と、同じくらい熱い思いをもった後進とが出会うお手伝いを「はたらくNavi」でもしていきたいと思います。
上野 周雄(うえの ちかお)
1949年生まれ。株式会社エイジア常勤監査役・ドラッカー学会理事。
1970年、日本電子工学院電子工学部研究科卒業後、赤井商事株式会社へ入社。 1971年に米国AKAI AMERICA, LTD.へ出向。以後、米国各地でオーディオ、ビデオ・テープレコーダーのサービス業務に携わり、1979年には、ニュージャージー支社サービスマネージャーに就任。
1982 年に足掛け10年間の米国生活を終え、帰国後は、赤井電機株式会社サービス部教育課で、アジア、中近東、アフリカ、ヨーロッパなど世界各地での教育指導を歴任。その後、電子楽器事業部のサービス部門立ち上げ、ビデオムービーやVCR、DVDの商品企画なども手がけ、自身が手がけた世界初のオート・チューニング機能付高画質VCRはヨーロッパでのビデオオブザイヤーに選ばれるなど各国で高評価を獲得。

コンピューターにも造詣が深く1979年にApple II(世界初のパソコン)を購入、BASICを独学で習得しスキルを生かして1995年には赤井電機のホームページ立ち上げ、オラクルとのネットワークコンピューター事業などにも関わる。
1999年赤井電機を退職し会社を設立するが、2004年株式会社エイジアに請われ自社の経営を退いて現職。同社の東証マザーズ上場に貢献。

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